保田 圭 語録

「愛と追憶のモーニング伝説(JUNON掲載)」から・・・。

生まれたのは千葉の房総半島で、とにかく田舎ですね(笑)。まわりは田んぼと山で、ビルなんて全然ないし、海が近いから漁師さんがたくさん住んでて、東京の隣の県だけど、渋谷までは3時間くらいかかちゃうんです(笑)。

子供の頃の私はおじいちゃん、おばあちゃん子で、幼稚園から帰ってきたらふたりのところへ行って、折り紙とかして遊んでもらうって感じでした。あとウチは田舎なんで、庭がそこそこ広いんですよ。だから、友達を呼んで庭でかくれんぼをしたり、花いちもんめとかをしてた記憶もありますね。

それと、私はずっと一人っ子だったから、きょうだいがすごく欲しくて、ウチの隣は神社なんで、おばあちゃんと毎日のようにそこへ行って、『きょうだいができますよに』ってお祈りしてたんです。そしたら、8歳のときに弟が生まれて、もうメチャメチャうれしくて、スッゴくかわいがりましたよ〜。おしめを替えたりとか、あやとりをしたり、世話もいっぱいしたし、自分のおこずかいで、ヨダレかけとか買ってあげたり、お姉さんになったっていうより、なんかお母さんになったような気分だったのかもしれませんね(笑)。

そういえば2年くらい前だったかな。お母さんの体の調子が悪くて、私が代わりに弟の授業参観に行ったんですよ。そしたら、『〇〇ちゃんのお母さんですか?』なんて、知らない子のお母さんに間違えられちゃって。大人っぽい格好をしていったせいもあるけど、自分もチャンとお母さんに見えるんだなっていうのは、なんか不思議な感覚でした(笑)。

ただ、そんな弟も最近はチョット生意気で、たとえば私がひとりで部屋にいたいときも、かまってほしいから入ってきたりするんですよ。それで私が『あっち行ってよ』って言うと『なんだよ、クソばばあ〜』とかって、超ムカツクって感じですよ。しかも男の子なんで、殴ったり、蹴ったりしてくるし。このあいだもそれで取っ組み合いのケンカになって、弟を泣かしました(笑)。親ですか?、笑って見てますね。弟は本気でかかってくるけど、さすがに私は全力は出せないのがわかっているから『18歳にもなって、8つも離れた弟とケンカするなんて』って。そういう意味では、私は子供っぽいかもしれないです(笑)。

ちっちゃい頃は、歌は好きじゃなかったです。っていうのは、ウチのお母さんはカラオケの先生をやっているんですよ。あんまし詳しい話は聞いていないんですけど、若い頃は演歌歌手を目指していたらしくて。だから、私を演歌歌手にしたいって希望があったんでしょうね。保育園の頃から、家で演歌の練習をさせられて、自分でよく覚えていないけど『越前岬』って歌が、私が生まれて初めて覚えた曲だったらしいです(笑)。そんな感じで、歌=勉強ってイメージだったから、流行りの音楽に全然興味がわかなくて、まわりの友達が『〇〇っていいよね!』とか話してても、全然わからないような子だったんです。

ただ中2のときに、片思いしてた同級生の男の子に『シャ乱Qのシングルベッドっていいよな』って言われたことがあって。 ウソみたいだけど、私は『シングルベッド』さえ知らなかったんです(笑)。で、友達にどんな曲かを聴かせてもらったら、ホントいい歌だ〜ってスゴく感激して、それからですね、音楽に目覚めたのは。実は私、それまでCDラジカセも持ってなかったんです(笑)なので、まずラジカセをおこづかいで買って。そのうち友達とカラオケに行くようになったら、歌をうたうのがどんどん楽しくなっていったんです。

だから、つんくさんと私は縁があるんだって、私は勝手に思ってて。歌を好きになったのも、デビューのチャンスを与えてもらったのも、全部つんくさんのおかげだから。ホント、いくら感謝しても足りないって感じです。

高校時代は髪にメッシュを入れて、カラコンを入れて、ルーズソックスはいて、まさにコギャルしてました(笑)。中学の頃マジメに過ごしてた反動が出たっていうか、ウチの親はスゴク厳しくて。たとえば門限は6時だったし、友達と遊びに行くときも『誰とどこへ行って何時に戻る』っていうのをちゃんと言わないと、出かけさせてもらえないんです。中学時代はそれをフツーだと思ってたけど、でも高校に入ったら、まわりの友達にそんな子はいないんですよ。だから反抗期だっていうのもあって、メチャクチャ反発しましたね。ただ、田舎のコギャルなんで、一度も渋谷とか原宿に行ったことなくて。本物のコギャルは怖いと思ってました(笑)。

高校をやめたのは2年生の夏です。理由は『シングルベッド』を聴いた後、どんどん歌にのめりこんでて、私も歌をうたいたいって思うようになってたから。実は私は、中学の部活でブラバンでサックスを吹いていたり、保育園から習い始めたエレクトーンも、モーニング娘。になる直前まで続けてたり、もともと音楽は好きだったんですよね。ただ、親に演歌を歌わされてるって状況がイヤで、歌は興味がないって反抗してただけで。

もちろん高校中退に関しては、親に猛反対されましたよ。『歌の世界に進むのは、高校卒業してからでもできるでしょ』って。でも私はヤル気ないまま学校に行くより、やりたいことをやったほうがいいって思ったから、1学期の終わりくらいから学校に行かなかったんです。そしたら親も、これは何を言ってもムダだって思い始めたみたいで。2学期の頭に正式に学校をやめて、とりあえずマックでバイトを始めたんです。

その頃は、ずっと『ASAYAN』は見てたし、オーディションを受けてみようって気持ちは持ってましたね。でも、まだバイトを始めたばかりだから、『この日は休ませてください』って自分の希望がなかなか言えなくて、ちょうど休みの日とオーディションが重なったのが、モーニング娘。の追加メンバー募集だったんです。だから偶然、つんくさんのオーディションに当たるなんて、これは運命かもって、自分では感じてたし、あとモーニング娘。のことも、1回はオーディションに落ちたのに、そこから敗者復活戦みたいにしてデビューを勝ち取ったのとかを見て、あんなに頑張って偉いなあって応援してたし。

どうしても受かりたいとは思ったけど、でも私、最終審査のときに、つんくさんから『モーニング娘。っぽくないね』って言われてるんですよ(笑)。それで、もうダメだ・・・って諦めてたら、なぜか選ばれて。そのヘンはつんくさんに聞いてないんですけど、いまでもホントにナゾって感じです(笑)。

ただ、後からメンバーに入るのは、スゴく不安でしたね。最初にマネージャーの和田さんに『5人のあいだにキミたちが入る隙間はないかもしれない』って、ハッキリ言われてたし。だから(同じく追加メンバーの)真里と紗耶香と、『逆の立場だったら、私たちだって追加メンバーなんて加えたくないって思っただろうし、仕方ないよね。でも、3人で私たちなりに頑張ろうね』って話をして、けっこう覚悟してたんですよ。なのに、実際メンバーと会ったら『わからないことがあったら聞いてね』って声をかけてくれたりとか、みんなメチャクチャやさしくて。あの心配は何だったんだろうって感じでした(笑)。

デビューできたことについてはお母さんは意外と冷静で、『あんたはラッキーで拾ってもらったんだから、人より努力しなきゃダメよ』って言ってます。逆に舞い上がっているのはお父さんで、車のなかは常にモーニング娘。の曲がかかってるし、プロモーションビデオも何度も何度も繰り返し見てるし。でも、もともと音痴なんで、カラオケに行くと『あんなに聴いてたのにどうして!?』ってくらい音をハズして、モーニング娘。の歌をうたってます(笑)。

私はホント、歌もダンスもまだまだだし、勉強しなきゃいけないこともいっぱいあるし。でも、頑張って、そのうちお母さんに認めてもらえるようになりたいっていうのがひとつと。あと、歌やステージだけじゃなくて、安室奈美恵さんみたいに生き方もカッコいい女の人になりたい。その2つが、いまの私のイチバンの目標です。